A(男性)

マタイ受難曲を初めてお聴きしました。従来の演奏会のような曲と思っていましたが、全然違って、何かお芝居を(失礼)観ているようで、バックの解り易い字幕を見ながら民衆とキリスト、弟子、祭司そしてコラール、オーケストラが、それぞれの役割で、お能のように仕草、舞はありませんがシテ、ワキ、ツレ、地唄、お囃子と全く似ていてビックリ。丁々発止、一体となった心に響く皆さまの演奏に引き込まれ、心を打たれました。バックの字幕翻訳に助けられ、カミサンも感激していました。前の方の席で、皆さんの息づかいが手に取るように解りました。

 

B(男性)

指揮の秋山氏の祈りと熱意が溢れるばかりに伝わってきました。マタイは何度聴いても感動しますが、特に今回は、指揮者の心と合唱団の心が一つになって、3時間40分という長い、大変な努力のいる曲が、聴く者すべてに感動を与え、演奏者と聴衆の心が一つに溶け合っていたように思います。字幕スーパーが適切に表示され、内容と曲の流れがマッチして、初めての人にも良く判ったと思います。字幕操作の裏方の努力も嬉しく思いました。

私自身、ペテロの否認のあと鶏が鳴くのにコケコッコーではないのはドイツ的なのだと思っていたのですが、今回演奏を見て、ヴィオラ・ダ・ガンバによって直ちに鶏が鳴くのを聴いて、まことに切なく心に沁みました。また合唱が「バラバを!」「十字架につけよ」と叫ぶところの迫力と意気込みを強く感じました。

受難曲やミサ曲の場合、終曲直後の拍手はもっとひと息置いて、感動を胸に納めてからにしたいものと、聴衆側の訓練も必要と思いました。

 

C(女性)

プログラムを見ながらでなく、ページをめくる音もなく、字幕を見たお蔭で静かに内容について行けました。二手に分かれた合唱とオケ、CDを聴くだけでは解らない場面の構成が、ナマで見て良く解りました。

D (男性)

 土曜日は妻とともに掲題の曲を聴き、たいへん感動いたしました。

 妻も私も、実演で通して聴いたのは初めてでしたが、とくにコーラスの声の強さは驚異的であり、長期間の練習を積まれた成果が見事に出ていたものと思われます。

脱帽の思いがいたしました。

 また、3時間強かけての秋山さんの指揮ぶりは、リヒターやカラヤンのスタイルに近いものがあり、これまた感動を呼ぶものでした。

対極的なヘレヴェッヘらの解釈も捨てがたいものはありますが、あれだけの大人数のコーラスであれば、やはり秋山スタイルでしょう


<オルガンの和田純子先生>

マタイ受難曲、素晴らしかったです。キリストの受難という壮大なドラマを演奏する方も聴く方もひとつになって体験することができました。

長谷川さんがプログラムに書かれていましたように、大編成の良さがとてもよく出ていたと思います。バラバを!、十字架につけろ!との叫び、圧巻でした。

コラールも歌詞がとてもよく聴こえて、ひとつひとつ丁寧に歌詞に沿って歌っているのが感動的でした。

合唱団はアマチュアとは思えないレベル、ドイツ語の発音ひとつからよく鍛練されていますね。おひとりおひとりの意識が高いのでしょうね。伝統と歴史、長きにわたって積み上げてきたものを感じました。

 

<ある大学教授>

すばらしい《マタイ》でした。それはもう申し上げるまでもなく、皆さん自身が、歌いながら、一曲一曲に、ひしひしと感じておられたことと拝察されますし、あの万雷の拍手からも、確信されたことと存じます。

  パンフレットの「ご挨拶」に書かかれていた、古楽器による演奏に関する御意見、まったく同感です。そして、「大人数での演奏にはハーモニーのクリアーさ、言葉の明瞭さをどう出せるかが大きな課題になります」とありましたが、昨晩の演奏はその課題においても完璧であったと、私は思います。

  正直に申しますと、アカデミーはこれまで、私には、女声全体の声量と音質に、やや難があるように聴かれる時がありました。しかし、昨晩は、まったく申し分ありませんでした。ほんとうに、オーケストラも含めた演奏の細部まで、美しい、深い《マタイ》でした。

 ただ、一つだけ私の勝手な感想を、あえて述べさせていただくならば、全体に、迫力や緊迫感の点ではまったく申し分なかったのですけれども、それだけに、コラールが、やや一本調子になってしまったように、感じられました。

とくに、第53曲のコラール(Befiel du deine Wege..., / der Wolken, Luft und Winden gibt Wege, Lauf und Bahn, ... ) と、第72曲の最後のコラール(Wenn ich einmal soll scheiden,... )は、もっと抑えて、しんみりと歌われてもよかったかなぁ、と感じました。

それにしても、畑儀文氏のエヴァンゲリスト、いやはや、ほとほと感嘆いたしました!

 

<元新聞社論説委員、元大学教授>

異教徒の私(葬式仏教徒?)には、キリスト教の教義にかかわるところに少し違和感があるのですが、そんな個人的な思いを超越した大バッハの音楽を場内の皆さんと一緒に体験することが出来、心が洗われました。

巨匠・秋山和慶さんの見事な統率力、これ以外にないと思える自然なテンポ、児童合唱を含む合唱とオーケストラ、福音史家、アルト、ビオラ・ダ・ガンバ・・・みんなよかったですね。舞台に上がった皆さんにはもちろん、バッハとメンデルスゾーンにも感謝しなければなりません。

  創立50周年、60回目の定期という大きな節目を飾るにふさわしい、たいへん素晴らしい演奏会でした。オーケストラが退場し始めた時、私の左隣りに居合わせた年配の女性(赤の他人)が、立ち上がろうとする私に向かって「素晴らしかったですね」とひと言。私は肯いて、にっこり。事前にリヒター指揮のDVD(1971年収録)で「予習」をし、ペーター・シュライアーの鋭い声と大写しなどに感心しましたが、こちらはスタジオ録画(音)なので、生演奏の感動はありません。団員の皆さんの1年間の精進が実を結びましたね。

<元民放TV解説委員長>

 昨日は素晴らしい演奏を聞かせていただきました。西洋音楽の最高峰の作品が日本人によってこのように見事に演奏されるということ、それは陰影のある日本の近代化の明るい一面だとも思いました。秋山さんは壮大な人間的ドラマとしてこの曲を捉えておられました。別の解釈があるのは当然ですが、これはこれでまことに素晴らしいものでした。

細部において私の意見はありますが、全体として合唱団は立派に歌われました。心からの敬意を表します。このようなすごい曲については、いくら語っても語りきれません。全体を支えたのは合唱でした。すごく感動して聞いたことは断言します。そしていろいろ学びました。バッハの弱者へ共感とか、イエスが死んだあとの部分の意義とか。昔はあそこで終わればいいのにと思っておりましたが。

 

<元新聞社編集委員、元大学教授>

 圧倒され、慰め励まされました!有難うございます。3時間になろうというバッハの大曲には、もうブラボーのほかありません。マエストロ、合唱団、オーケストラが一体となっての受難曲。キリストの生涯を活写し、その昔、家内とイスラエル縦断の旅をしたときの思い出が、胸に迫りました。1年間に亘る練習の成果がオペラシティで爆発したのです。家内は帰途についても「素晴らしい。楽しかった。良い思いをした」の連発でした。更なる高みを目指して挑戦することでしょう。次なる合唱曲への挑戦を大いに期待しています。

 

<新聞社部長>

 3時間以上の大曲を歌い上げるためのエネルギーはものすごいもので、練習も容易ではなかったと思いますが、苦労の実った素晴らしい演奏でした。

大曲ではありますが、ストーリー性があってメリハリがあるので、それほど長いとは思いませんでした。ソロの方々も、歌う場面の多い方は長丁場でしたが後半になるにしたがってどんどんよくなってくる印象を受けました。何よりもコーラスが一つになって美しく崇高な音色を出していました。


<知人の合唱愛好者>

 心にしみいるマタイ受難曲でした。数々のコラール、あれだけの編成を見事に使っての感動的なバッハを聞けて、素晴らしい日でした。

 

<知人の女性>

 素晴らしい演奏でした!カトリックの大学で学んだ私としては、やはりマタイの章には特別な想いがあります。ソリストの声は美しさに加えて説得力がありました。カトリックの「生きる事は愛すること」という最も重要な部分を深く重く聴き手に届ける声でした。

字幕も良かったです。聖書の中で特に有名な部分ですけれど、やはり字幕があると、その場面をイメージしたり、それぞれの心理を想像できるので、演奏をちょうど良く助けていたと思います。

アカデミーの合唱は熱い魂が伝わってきました。あれだけの大作に取り組むには、やる気や根気にとどまらない「執念」も必要だったのではないでしょうか。皆さんの真っ向勝負ぶりが、声にのってストレートに伝わってきました。

それでも生きる。それでも愛する。クリスマスを迎える今の時期に相応しいメッセージをいただきました。

 

<知人の男性>

 いつものことながら時間のたつのも忘れ、素晴らしい合唱を堪能させていただきました。心に迫る、澄んだ美しい曲ですね。練習の成果が遺憾なく発揮されていました。